18g1218 武村響「朝鮮の歴史と韓国人の心性からみるキリスト教受容の歴史」(2021年度国際文化学部卒業論文).pdf

    • 小中 彩音
      小中 彩音

      今回拝読させていただいたことで、朝鮮では人々の自発的な行動によってキリスト教が受容され、「外来のもの」ではなく自分たちの民族教会として広まったことが理解できました。特に儒教文化の根強い韓国では、儒教の理と気の世界観がキリスト教と似ており、受容の下地となった点が面白いと感じました。その中でも理を重んじたため性理学とも呼ばれるとありましたが、朱子学を選択した日本との違いが気になりました。日本ではあまりキリスト教受容の下地となったイメージがないのですが、やはり神道の影響が強いためなのでしょうか。最後になりましたが、卒業論文の執筆お疲れ様でした!

      • 山形瑞希
        山形瑞希

        韓国とキリスト教ということで、私が前から考えていた「韓国といえば、儒教」というイメージに新たな視点を与えてくれました。韓国の宗教として儒教以外を考えたことがなかったので彼らのキリスト教との関わりは興味深かったです。

        印象深いのは、やはり日本統治によって弾圧されたり、信仰の形を変えて生き残ったりしていたことです。皇民化政策によって、先祖崇拝を強制されていたところ、それをプロテスタントが国家儀礼としてキリスト教とは関係ないものとしたり、のちに起こる分裂では北ではキリスト教自体が弾圧されていたりと、彼らの信仰の自由はある時は日本によって制限されていたのだと思います。

        また、キリスト教が韓国に伝来したときの年数が、韓国側が公式に認めているのと、他の国で認められているのに違いがあったのが面白かったです。自分も論文を書く時により客観性を高めるために様々な視点から文献を集めるようにしたいと思います。

        また、儒教が一般的に自分が信仰している宗教として考えている人が少なかったことも驚きでした。その教えが社会的な考えや習慣として染み付いているのでそこまで深く囚われているわけではないと知りました。日本のように信仰する宗教はないと答える調査結果もあり、それは少し我々と似ていると思いました。世界に出ると宗教を持つ人が多くいて、少数的のグループに属する人がいると思います。今回のように韓国だから儒教、というふうに考えるのではなく、国にとらわれず一人一人に向き合っていきたいです。

        武村さんは多くの文献を集め、データを提示されていたので、私自身一つの見方に固執することなく客観性を意識して論文を読むことができました。四年間お疲れ様でした。ありがとうございました